最近突発的ウツにみまわれる。
人というのは、見返りがないと奉仕ができない生き物です。 ボランティアは無償奉仕といわれていますが、あれは ”無償で奉仕している自分カッケー”的な快楽を得る目的で 行われる活動であると思います。
さて。 見返りの期待できない奉仕ほど絶望的なものはない。 テイクされたから今度は当然ギブする。どうしてこんな単純なシステムが分からないのか。
与えなければ与えられない。しかし与えたからといって必ずしも与えられるとは限らない。
与え・与えられる関係は非常に脆いもので、どこかで断絶が起こると 後々の流れに大きく影響する。
与えられたものを与えないクズが混ざることによって、このシステムは破綻するのです。
最近、与えたのに与えないクズのせいで与えられなかった人々に、私がまた与えているわけですが、どうなんでしょうか。今度はちゃんと与える人になってくれるでしょうか。 あるいは、ひどいのになると、与える立場にありながら与えもせず、まだなお私から与えられたいと思ってる馬鹿もいます。 さらに与えたものを吸収するでなく、与えられること自体を望んでいるのですから性質が悪い。 ただのかまってちゃんですね。 本人は与えて享受した”つもり”なんでしょうね。”つもり”。 やった”つもり”。最も成長しない人間のパターンですね。 もちろん何も与えません。むしろそのまま早急に氏んでいただけると助かります。
これだけ与えている側の私が、ついに与えられる日は来ない気がします。 もし与えられたとしても、与えるべきなのに何も与えていない人と同列で与えられるのはごめんです。まぁその場合与えられるだけマシか?w
与えられない、それならばもう与える意味などないではないか。 もうやめようかな。。
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