++着物徒然日記++


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* 2008年4月21日(月) 元気です
* 2008年1月11日(金) 乳癌
* 2008年1月4日(金) NHK杯(フィギュア)
* 2007年11月28日(水) 通院中
* 2007年11月13日(火) 昨夜の夕飯のメニュー
* 2007年11月5日(月) スカパー加入

元気です
気付けばこの日記も3ヶ月以上放置していました。

最後の日記を書いた後、何人かの方から
お気遣いのメールを頂きました。
いずれも今までなんの面識もない方々からでしたが、
涙が出るほど嬉しかったです。
本当にありがとうございました。
こんな自分本位なHPですが、やっていて良かったと思いました。

この数ヶ月、一度では書ききれないくらい
いろんな事がありましたが、おかげ様で私は元気です。
間違いなく自分史の中でターンビングポイントになる
濃い数ヶ月でしたが、今は心身共に回復に向かっております。

どうしてもツラい時、人の目を一切気にしなくていい
知り合いのいない某SNSで独り言を吐いていたのですが、
そこの一文を近状報告として、そのまま転載しておきます。
独りよがりで読み難い部分もあるかと思いますが、
ご了承ください…。




癌について 2008年02月28日

闘病記を書く気力も、人様のような癌ブログを立ち上げて
交流を図る気もなかったけど、
どこかに吐き出す場所がなければ、どんどん黒い感情が
溜まっていきそうだったので、そんな気持ちの整理のためにも、
とりあえずこの場を借りて、書くことにする。
(日記というより記録メモがわり)

今までの流れ
・年明け早々、組織診の結果、右乳房に乳癌発覚(直径4cm、ステージ2)
・しこりに気付いたのは4年前(当時は直径8mm、良性と診断)
・担当医の見解、提示は「半年間の抗がん剤投与後、全滴手術」
・抗がん剤の副作用の1つである「閉経」の可能性を少しでも下げるため
ホルモン療法も並行して行う。
(既に1本目投与済み、直後に最後の?生理がくる)
・RI検査、CT検査、骨シンチ、採血等一通り行った結果、
臓器、骨に転移と断定できるものは積極的には認められないと診断。
・下の妹と、癌をめぐり確執が生まれる
・恋人とも多少の温度差を感じ、何度も口論に
・抗がん剤初投与3日前に上の妹の結婚式に出席
・抗がん剤初投与1日前に受けたセカンドオピニオンの見解が
担当医と少々異なったため、双方で再ディスカッションした結果、
抗がん剤投与日を延期、再び組織診を行うことに。
・前回行わなかったマンモトーム生検による組織診を受ける(1時間ほど)

現在はその結果待ち。
結果により、主治医から抗がん剤の投与量、実施日の最終決定が下る予定。

下の妹に言われた言葉は、今の自分にとってはどうしてもゆるせない
言葉であり、流す余裕もない。身内だからこそ、ゆるせない気持ちがある。

上の妹の結婚式も、もっと素直に祝福できると思ってたのに、
当日、恐ろしく気持ちのコントロールができない自分に驚愕する。
お姫様だっこで再入場する妹も、子供は何人?というお約束のスピーチも
まったく冷めた気持ちで眺めている自分が嫌だった…。
悪気がないと解っていても相手のお義母様や上司の方に「お姉さんも早く
お嫁に行きたくなったでしょ?」「次はお姉さんの番だね!」と
言われる度に、ビール片手に貼り付いていた笑顔すら浮かべられなくなり、
最後はそんな自分を誤摩化すために、飲めない酒をあおっていた。
酔ったふりをして愛想なく披露宴を後にし、気持ち悪さに駅のトイレに
駆け込み、惨めな自分に泣けてきた。
披露宴は前々から予定していたのだし、妹にはなんの罪もない。
むしろ一番幸せな時に余計な憂いを与えて、申し訳ないくらいだ。
でも今の自分には幸せの絶頂にいる妹の姿があまりにも対照的で
ツラかった…。
こんな黒い感情は、恋人(優しい人なのでやはり人の親になってほしい)
にも両親にも言えない…。



組織診の結果 2008年03月03日

1度目の組織診は簡易的な器具で3カ所採取、結果は「浸潤性乳癌を検出」
2度目の組織診はマンモトームで計6カ所の採取、結果は「すべて非浸潤性乳癌」

この結果から、最終的には私の強い希望もあって、当初の
「半年間の抗がん剤治療→外科手術(全摘前提)」から
「全摘手術→抗がん剤治療」に変更になる。

違いは前パターンが乳房温存の可能性を残すことで、
後パターンが抗がん剤を回避できるかもしれないこと。

摘出した乳癌が非浸潤性乳癌の要素が高ければ、そのまま外科手術のみで
癌治療を終了できる可能性が高い。
体へのダメージも金銭的負担もまったく違ってくる。

もちろんリスクもある。
抗がん剤を使用しなかったため、後日、再発・転移という最悪のパターン。
摘出・検分してみたら、浸潤性乳癌要素が強く、
結局抗がん剤を使わざるをえないパターン。

でも私は子供が欲しい。
人の親になりたい。
自分の血を引く子供を抱きたい。
子供好きの恋人を父親にしてあげたい。

「癌です」「恐らく全摘になるでしょう」と言われても出なかった涙が
「抗がん剤投与後、出産できる可能性は1割です」と言われた瞬間、
せきを切ったように流れたのを覚えてる。
「作らないと作れないは違う」という言葉が何度も頭に響いた。

ひょっとしたら望んでるような明るい結果にはならないかもしれないけど、
少しでも希望のある方向にかけてみようかと思う。



手術と結果 2008年04月20日

3月末にM井記念病院に入院、翌日右全乳房切除手術。
リンパ節転移はなく、リンパ節切除も1箇所のみ。
(乳房再建に対する処置はせず)
現在、部分部分に痺れや引き攣れのような痛みがあり、
患部周辺や脇の下、患部側の二の腕の感覚も戻っていないが、
耐えられないようなヒドい痛みはなく、リンパ液も順調に減っているようだ。
退院後は実家でリハビリに励みながら、2〜3日おきに
水抜きのため通院する日々。

術直後は「一生直視できないのでは」と思っていた患部や上半身も
今はある程度冷静に見れるようになった。
入院中、同じ大部屋の乳癌患者さんに言われた
「人の体はちゃんと回復するんだよ。人体はスゴイと感動するよ」
という言葉を実感している。

退院後、母の知人から頂いた護符をずっと枕元に置いて
どうか良い結果が出ますようにと毎日祈った。
そして先日、ついに病理組織の所見が出た。
腫瘍は乳管内病変を主体とする物で、浸潤癌はごく少量と判明。
当初8クールと言われた抗がん剤の投与を回避できることになったのだ。


抗がん剤投与日のまさに前日に受けたセカンドオピニオン
(S路加国際病院)が、このような自分にとって
最善の結果をもたらしてくれた事になったのだ。
挫けずにもう一度生検を受けて、そして外科手術を先にすることにして
本当に良かったと思う…。
ホルモン療法の方は、引き続き約2年ほど続けることになったが
きっと2年後には生理が戻ってきてくれると信じている。
2008年4月21日(月) No.352

乳癌
年明け早々、右胸の生検の結果を聞きに行ったところ
乳癌の宣告を受けました。

私の場合、既にしこりが直径4cmになってるので
多分全摘になるだろうと言われました。
術前に半年間の抗がん剤療法に入り、
その副作用の1つとして、今後出産できる可能性は
1割ほどとも言われました。

癌だったこと、胸を失うこともショックでしたが
それ以上に子供が生めないという事実に
打ちのめされました。
この数日間で数年分泣いたような気がします。

今は医師、両親、職場、恋人、いろんな人に
手助けしてもらいながら、バタバタと闘病生活の準備に
入ってるところです。

とりあえずここで今後の詳細を書くかどうか、
自分でもそんな気力があるかどうか解りませんが、
毎日笑ってたら癌細胞が消えた、という人はいれど、
泣いて直ったという人はいないのだから、

泣きたい時は泣いて(ストレスためないように)
それ以外は極力前向きに、毎日笑顔で過ごせるよう、
癌と戦っていきたいと思ってます。
2008年1月11日(金) No.351

NHK杯(フィギュア)
丸々1ヶ月放置してましたが、何もなかったワケではなく、
むしろ
・フィギュアNHK杯(仙台)生観戦
・乳癌検診再開で、初生検体験
・右背中痛める
・左親指の筋痛める
・太腿絶賛しびれ中(整骨院通院中)
・妹の結婚式迫り、訪問着探し中

とかネタも事件もいろいろあったんですが…
現実のケガネタが多過ぎて、通院疲れで日記にいちいち
書く気もしませんでした…。(書くだけで気が滅入りそうだし)

とりあえず12月初旬のNHK杯は、男子シングルのショート、フリー
女子フリー、エキシビションなどを見てきました。
高橋の生Hip Hop SPが観れて嬉しかったです。
が、私の目当てはなんといってもチェコのベルナー!
(とドイツのリンデだったんだけど怪我で欠場…)
SP・FSともにベルナーの良い演技が観れて、大満足です。
しかしほんとに日本に相性がいいなぁ。
本人も日本大好きっぷりを堂々とアピールしてるし。
東京ワールドの公式練習で、目の前で滑ってた漢字Tシャツの彼が
まさかここまで日本に縁のある選手になるとは夢にも…。
日本のアイスショーにもどんどん来て欲しい一人です。
2008年1月4日(金) No.350

通院中


また通院生活再開しました。
今年の2月から発症?した右太腿のしびれと股関節痛ですが、
整形外科(×2)→鍼→整体→ウォーキングと、何をやっても
好転せず(むしろ整形外科のストレッチとウォーキングは
解り易く悪化したような…)
膨大な治療費や、地獄のような待ち時間、病欠早退問題等々…、
いわゆる「通院疲れ」で、しばらく何もせず放置してたんですが、
痛めてから1年でなんの回復もしないのもいいかげん不味かろうと
今度は整骨院に通いはじめました…。

とりあえす電気治療とマッサージを週5で受診中です。

電気治療は以前、肩痛めた時にも2〜3回施行した経験があるんですが、
効果の程はさておき、痛さとかはほとんどないです。
感覚的には正座でしびれ度MAXの足を継続的に投打しまくってる
みたいな…。最初だけはやや痛ムズ痒さを感じたものの、
2回目以降はリラックスしすぎて寝てます。
(上記絵参照。うっかり患部逆に描いちゃったケド…)
難があるとすれば、先生が全員30前後の♂なので、女性スタッフ
がお休みの時は自分で吸引ポンプみたいなのを患部に装着
しなくてはいけない点でしょうか…?
直肌に着ける物なので、太腿はともかく、パンツの際の股関節
とか臀部とか、いくら私が枯れてても、ちょっと…無理です…。
あ、マッサージもねぇ、生理中は…心身ともにちょっと…。
(って別に書かんでもいいだろうスイマセンほんと)

今のところなんの成果もありませんが、悪化もしてないので、
しばらく通ってみようと思ってます。
なにより整骨院は保険が効くので、鍼や整体とは比較にならない
くらい格安で受診できるのが助かります…(;∀;)
2007年11月28日(水) No.349

昨夜の夕飯のメニュー
・きのことトマトのパスタ
・大学芋
・わかめと豆腐のみそ汁
・杏仁豆腐

大学芋はノンオイル(炊飯器で作っちゃうやり方)で、
パスタもきのこ山盛りだし、杏仁豆腐はくこの実山程投入して、
ヘルシーで食物繊維たっぷりの夕飯!とか思ってたら…

下痢しました…

多分オリーブオイルです。
そういえば自分、あまりオリーブオイルを料理に使うことなかったような…。
基本は快便体質なので、合わないんでしょうね。
にんにく炒めてる時はいい香りで、
「おお、さすがオリーブオイルだね」とか思ってたのに…。

下痢のおかげで仕事忙しいのに寝不足です…。
2007年11月13日(火) No.348

スカパー加入
わけあっていろいろ放置状態…。
あと10日くらいしたら、仕事も落ち着くので、更新するぞー!

野球も終わって、いよいよフィギュアシーズン。
ついにスカパー契約しちゃいました…。
テレ朝のフィギュア地上波放送があまりにもヒドかったので…
女子はどんな下位選手のダメ演技でも流すくせに、男子の
カットっぷりったら…。変なタレントのコメントなんか
流すくらいなら、1人でも多くの選手の演技が見たいのに…!
というわけで、1人暮らしの貧乏人にはちょっとキツイ出費ですが、
これで海外男子勢が思う存分見れると思うと楽しみです(^^)
2007年11月5日(月) No.347

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